農業施設27巻1号
1996.6,1〜2
論説:

わが国における施設園芸の生産性向上とそのための研究方向

The Improvements in the Productivity of Protected Horticulture
in Japan and the Requested Research Works

池田英男
Hideo IKEDA

 本農業施設学会の中では、園芸施設に関する研究はどちらかというと少ないように思われる。それは本学会のこれまでの歴史的な流れが原因なのかもしれないし、あるいは園芸施設に関する研究者の数がわが国ではかなり少ないことが理由なのかもしれない。いずれにせよ、わが国が現在置かれている施設園芸の困難な状況を打開するためには、今後相当の努力が必要になると考えられる。ここでは、わが図の施設園芸におけるいくつかの問題点を指摘して、その解決のための一私見を述べてみたい。
 1994年夏、アジアで初めての国際園芸学会議が京都で開催され、多くの外国人研究者が来日した。95年の夏に筆者はヨーロッパを旅行する機会があり、その折りに94年の来日者数人に日本の印象を尋ねた。彼らの答えの中に、「学会場で聞く限り、日本の園芸関連の研究は非常に高度に進んでいるように思えるのだが、栽培の現場を見て驚いた。どうして、あのように狭くて、汚いハウスで生産がなされているのか?」というものが複数あった。さらに、「日本を理解しにくいことの一つが、研究と実際の生産の場があまりにも離れていることで、日本では研究者は栽培の実際を知らずに研究をしているのか?」と続けられたこともあった。
 現在、わが国にはガラス温室とプラスチックを合わせて約50,000haの面積がある。これは世界一の規模だといわれている。しかし、その多くはきわめて小規模で、家族労働による、手作業が主力で、生産性も決して高くはない。指摘されるまでもなく、確かに高温期の施設内部は気温、湿度とも高く、汗と汚れにまみれる作業環境は劣悪である。オランダを初めとするヨーロッパ諸国におけるガラス温室が、軒高も高く、圧迫感のない、作業環境としては格段に優れるものであるのと比較すると、小規模ビニルハウスを中心とした日本の園芸施設は、かなり問題がありそうである。
 わが国の園芸施設は、戦後の工業の発展とともに発達し、被覆資材としてはビニルフィルム(塩ビ、酢ビなど)が主である。ヨーロッパやアメリカ、カナタなどで、ガラス温室が圧倒的に多いことと状況はかなり異なる。また、諸外国では、ガラス以外の農業用被覆資材としてポリエチレンフィルムが主に用いられていることとも大きく異なる。わが国での園芸施設の研究は既に終わったという話もある。10a程度の規模のガラス温室内の微気象などは、詳細に研究されたことになっている。20年まえも今も、園芸施設の教科書の内容は余り変化が見られない。被覆資材の研究なども近年はあまり目立たない。そのような状況が、「・・・既に終わった。」と言われるゆえんかもしれない。
 このところ、園芸産物特に生鮮野菜の輸入が急激に増加している。これは、円高などの経済的事情にもよるが、外食産業等での消費が増えるなど、野菜の消費構造が変化したことにもよると考えられている。その他、一部の品目では、生産者の減少や高齢化などによる生産量の低下も大きな要因となっているとされる。いずれにせよ、われわれの食生活の重要な部分を占める生鮮野菜が、輸入に大きく依存するようになるなら、極めて大きな問題といわぎるを得ない。今後、安価な外国野菜と競争できるものをわが国で生産するようにするには、生産性の高い園芸生産が重要である。特に施設園芸では、施設のコストを可能な限り下げ、労働生産性も土地生産性も高いものを、そして作業環境も改善されたものを希求する必要がある。
 生産性向上のための一つの方法は、大規模園芸施設の導入である。規模が大きいほど生産性も向上することは、現在のわが団の施設園芸でも実証ずみである。しかし、現状に置いてわが国で施設を拡大した場合には、いくつかの問題が生ずる。その一つは、構造上の問題である。わが団のように、台風や地震などの自然災害が懸念される場合、その対策をどうするのか。ガラス温室よりも、長寿命のプラスチックフィルムで被覆したハウスのほうが適しているようにも思われる。暑い夏や、寒冷地の積雪なども問題になる。特に前者については、大型ハウスの換気法や遮光法などの検討が必要である。高温時のみ光透過を減らすようなフィルムの開発を進めるべきかもしれない。施設の大規漠化を積極的に進めようとするならば、少なくとも現在の温室建築基準を見直す必要がある。人家の基準と同様な民生用の基準を農業用施設に適用する理由は、理解できない。どのような基準を設けるべきか、専門家の検討を期待したい。
 10a程度の施設の内部環境特性は既にかなり研究されたとしても、50a、1haというような規模の施設の内部環境特性は全く未知である。オランダなどの大規模施設では、パイプを畝間ごとに配管した温湯暖房が用いられているが、わが国では温風暖房が圧倒的に多い。わが国での大規模温室では、どちらの暖房法がよいのか。
 これまでのわが国における施設生産は、どちらかというと、自然状態では不適切な時期の生産を目的として行う傾向が強く、研究者達もさまぎまな作型を開発することが大きな課題であって、「生産性」についての配慮は少なかったように思われる。収入を上げることだけが着目され、されに必要なコストがあまり考慮されなかったり、かなり無理した栽培がなされていたきらいがある。工業分野では世界の最先端を走る日本である。工業分野で開発された技術や知識、考え方を施設園芸に導入することで、施設園芸の問題のいくつかは解決されるかもしれない。工場生産のシステム化やオートメーション化の技術や考えを、園芸の施設生産の中に導入することを検討してもよいであろう。
 わが国では、都道府県が行政単位であるために、すべての都道府県が独自の農業あるいは園芸関係の研究機関を持ち、普及所をもっている。その他、農協、経済連などの組織もある。その上に、国立の地域農試、野菜・茶試などの専門場所、農環研や生物資源研などの基礎研究施設と、極めて重層の研究・サービス体制をもっている。おそらく、このような国は世界に例を見ないであろう。これほどの研究・サービス体制を持ちながら、農家の生産性はあまり高くない。逆に、このような研究・サービス体制をもっとすっきりさせることこそが、本当の意味で農家の生産性を向上させる手段となるのかもしれない。もしそうならば、真に農業のためになる、農家のためになる研究者だけが必要とされるようになろう。最近のヨーロッパやニュージーランドなどで、研究組織が国立のものから民間に変わり、さらには大幅に減少している状況を見るにつけ、わが国の今後を思わぎるを得ない。わが国における農業、園芸の必要性が低下すれば、これらの分野に関係する研究者の必要性もまた低下することをわれわれは忘れてはならない。


農業施設学会