農業施設27巻2号
1996.9,43〜44
論説:

機能水の農業利用への期待

Expecting for Utilization of Functionally Processed Water in Agriculture

松岡孝尚
Takahisa MATSUOKA

1.機能水とは
 水はあらゆる生物にとって不可欠であり,また,われわれの生活やあらゆる産業の中で極めて重要な物質である。しかし,近年,工場排水や家庭排水による河川,海洋の汚染などにより水環境が急激に悪化しつつあり,おいしい水や健康飲料水に強い関心が持たれるようになっている。また,産業面でも安全で環境に負荷のかからない水利用が望まれている。これらのことを背景に、水を電場,磁場,遠赤外線、音波などのエネルギー場において処理をしたり,水にミネラルなどある種の物質を添加あるいは除去することにより,何らかの機能を持たせた水いわゆる機能水が話題となっている。
 では,水とはどのような物質であろうか。水の分子式はH2Oであることはよく知られているが,通常の状態において純粋な水分子のみで構成される水は存在しない。したがって,自然に存在する水やわれわれが日常生活で使用している水には多くの成分が含まれており,その存在状態などにより多様な特性を持っているが,このことについても普通あまり意識されていない。しかし,水の特性を考える場合,水に溶解している成分やイオンの種類、濃度などが重要である。一方、水分子についてはその分子構造や電荷の特性から水分子同士で水素結合をし,クラスターを形成することや,この水素結合はピコ秒オーダの短い時間間隔で揺らぐ動的構造を有しているなど特徴的な構造を持っていることが知られている。これらの水の構造的な特性に加えて水溶液中のイオンの存在やその状態などが機能水が生まれるメカニズムに深く関わっていると言われている。
 このように、液体としての水は極めて複雑で多様性があり,その挙動については明らかにされていない部分が多い。しかし,水の持つ種々の特性が,ある機能として実際に利用できれば環境保全型技術として極めて意義のあることである。例えば,殺菌,界面活性,酸化.還元などの機能を持った水が機能水と呼ばれており,一部は産業技術として広く利用されている。

2.機能水の研究状況
 水については古くから様々な分野で研究がなされてきた。飲料水などの水質基準の強化や分析技術の向上とこれに伴う水処理技術の開発など生活や産業に関わる水について多くの研究や技術開発が行われてきた。また,最近の科学の進歩に伴い,溶液化学分野における水あるいは水溶液の基礎研究や,食品や生体系の水に関する研究も急速に進んでいる。一方,電場,磁場などにより処理された水に関する研究は,かなり以前から国内外で行われており,殺菌,スケール防止、植物成長促進,食品の鮮度保持など数多くの利用効果に関する研究報告があり,これらの中には実用化されて広く利用されているものもある。しかし,これらの事象の多くは再現性に欠けたり必ずしも科学的な説明が十分でないことも事実である。
 このような水に対して機能水という言菜が使われ,様々な分野で幅広く取りあげられ始めたのは,水環境の悪化や薬剤汚染に対する危機意識が高まった最近のことである。機能水には,磁化水、電解水、オゾン水、脱気水など多くの種類があり,水の機能や利用方法も様々である。たとえば,機能水の物性変化の指標としてこれまで報告されている項目は、水素イオン温度(pH),酸化還元電位(ORP),溶存酸素濃度(DO),塩素イオン濃度,表面張力、膜透過性,NMR半値幅,導電率などであり,応用例としては,殺菌、洗浄、タンパク質の還元,炊飯特性の向上,整腸作用、食品の鮮度保持などである。しかし,水の機能化のメカニズムや水の物性変化と機能との因果関係については,現在種々の説があるもののいずれも十分な裏付けが得られているわけではなく,今後の研究の積み重ねにより明らかにされなければならない問題である。
 機能水を再現性のある水利用技術として確立するためには,水の物性や特性あるいはそれによって生じる機能は何であるか,また,その水はどのように利用できるかなどについて科学的に明らかにしなければならない。最近,大学をはじめ企業や公的機関で組織された研究団体などにおいて,このようなテーマが取りあげれられ研究が進められている。これらの研究団体は,通産省の外郭団体である(財)造水促進センター,厚生省の外郭団体である機能水振興財団、さらに生研機構及び民間企業8社で組徽されている(株)機能水研究所などであり,産業,医療,農業など広範な分野にわたって活発な研究活動が続けられている。また,学術誌に掲載される機能水関連の論文数も増加しており,その成果が大いに期待されるところである。

3.環境保全型農業と機能水
 農産物輸入の自由化,食管法の廃止など農業を取り巻く環境が大きく変化する中で、新しい農業への転換が求められている。21世紀へ向けて農業が発展するためには,社会の要請に応じた様々な農業技術の開発が必要となる。すなわち,農業を含めた産業全体に対して自然環境の保全や人間の健康を重視した持続的な発展が求められており,このような基本的な考え方は,今後の農業技術開発の目指す方向であろう。
 農林水産省では平成6年に環境保全型農業推進本部を設置し,「農業の持つ物質循環機能を生かし,生産者との調和などに留意しつつ、土づくり等を通じて化学肥料、農薬の使用等による環境負荷の軽減に配慮した持続的な農業」を全国的に推進していくとしており,このための具体策を細かく示している。この中で具体的な技術課題としてとくに化学肥料、農薬の節減、施肥,防除基準の見直しなど減(無)化学肥料栽培,減(無)農薬栽培技術による環境負荷の軽減が強調されている。
 これらの社会のニーズと強力な国家的政策を背景に、生物防除,有機農法などとともに,機能水の農業への利用について高い関心、が寄せられている。機能水は,環境保全,健康,安全などの条件を満たす農業技術となる可能性があり,その機能,効果の解明が行われ,利用技術が確立されれば,極めて価値が高いものと考えられる。しかし,すでに述べたように,現在のところ機能水の評価法が定まっていないことや植物や微生物に対する作用など不明な点が多く,農業・食品工業への利用技術についてもこれからの課題である。
 機能水の農業への利用に関しては,これまでに極めて多数の報告があるが,いくつかの利用例を紹介する。その一つとして電解水(酸化水)による殺菌,防除への利用がある。これは植物病原菌に対する殺菌作用を利用するものであるが,例えばバクテリアの一種であるナス科植物青枯病菌(Pseudomonas solanacearum)に対しては極めて殺菌効果が高く瞬間的に殺菌できるが,糸状菌の一種であるナス黒枯病菌(Corynespora melongenae)に対しては,分生胞子の発芽抑制効果はあるが,完全に殺菌はできない。トマトの水耕栽培において青枯病菌を地上部から接種して,電解水の防除効果を調べてみると,対照区に比べて発病はかなり抑制できるが、完全に防除することは極めて困難である。このように電解水の殺菌効果が明らかであっても,植物体内に侵入した青枯病菌に対する電解水の効果は期待できないなど難しい問題がある。このほか電解水(酸化水)による種子の殺菌や野菜の鮮度保持への利用、接ぎ木、挿し木での活着率の向上などの報告例がある。また,電解水のうち還元水を用いると白米の膨潤度が大きくなることや還元水での炊飯米はテクスチャーが高いなど炊飯特性が向上するという研究論文がある。このほか麦飯石と超音波による処理水が小麦やトマトなどの棺物の成長促進効果が高いという研究報告がある。さらに,植物細胞内の水にキセノンガスを溶解させ水を構造化させて,酵素反応を抑制して農産物の鮮度保持ができるという研究報告など多数の興味深い研究例が見られる。これらの研究成果はいずれも環境保全型農業の目指す新しい技術となる可能性がある。
 以上のように,機能水は農業分野において,極めて幅広い利用が考えられ,しかも環境保全,健康、安全面からまさに今時の社会ニーズにあった農業技術として大いに期待される。機能水が新しい農業技術として農業の場で広く利用されるためには,機能水の評価法の確立と再現性のある利用技術の開発が不可欠である。そのためには、最新の機器を活用した基礎研究に加えて、これまてに蓄積された情報の一元化と広範な学問分野での研究の相互協力が必要であろう。




農業施設学会