農業施設28巻1号
1997.6,1〜2
論説:

農業の評価

Evaluation of Agriculture and Rural Districts

松田從三
Juzo MATSUDA

 日本の農産物、米、牛肉、卵、タマネギなどの小売価格を国際比較すると、わが国のそれは、欧米より2〜3割高いといわれている。このため経済界やマスコミは、国内農産物は割高と批判する。そしてこの割高は、日本の農業の経済効率の低さからきており、その原因は兼業率の高さ、経営面積の小ささ、農業経営努力の不足、農政、制度上の問題などと指摘されている。しかし日本の農業の経済効率の低さは、日本の工業の経済効率の非常な高さにその主な原因があるように思える(干場,1995)。工業の強さによってもたらされた円レート高さが、相対的に日本の農産物の価格を海外より高めたと言えるのではないのか。さらに農業の持つ機能を単に食料生産だけと考え、したがって効率だけで評価すべきであるとしていいものなのか。ポストハーベスト農薬や狂牛病などの問題も影響してか、一般市民の食料に対する関心は経済性よりも安全性を重視するとの調査結果もある。農業を取り巻く国際情勢も変化してきており、最近のガット農業合意をふまえて、従来の価格支持政策から生産を刺激しない所得支持的政策に変わろうとしている。このような状況の中で、農業を経済効率だけで評価してもいいものなのか、評価できるものなのか、農業をどのように評価すべきか考えてみたい。

低投入・低負荷農業の評価
 そもそも農業は、土−作物−家畜の間の物質循環を基本としたものであるはずであるが、経済効率の高さを追い求めることにだけ目を奪われてこの循環を無視して規模拡大・大型化したために、いろいろな所で歪みが出てきているわけである。そのもっとも顕著な例が畜産である。ここ30年間の農業生産をみると、農業全体での生産の伸びは138%であるが、米の84%をはじめ、麦類、イモ類、豆類など軒並みにマイナス成長の中で、野菜、果実がそれぞれ150%、193%とプラスになっており、さらに畜産だけは427%ともっとも生産を拡大している。この結果、海外の肉と比べればまだ高いといわれるものの、卵などは農産物の優等生といわれるくらい価格を下げてきた。しかしその結果が、養豚、養鶏、酪農でも現れてきているふん尿問題であり、オランタ、デンマークなどEC諸国でも見られる現象で、循環を無視した結果である。
 北海道における最近の酪農経営の在り方には、2つの流れがあるように思われる。1つは、大規模化・省力化・高泌乳化をめぎした生産拡大型酪農経営であり、もう1つは、物質循環を基本とした低投入持続型酪農経営である。生産拡大型酪農経営は、成功すれば大きな利潤を生む可能性を持っている。しかし、大きな可能性の反面では、多くの危険性も含んでいる。糞尿のたれ流し・環境汚染・収奪型酪農・負債倒れへの道に向かう危険性を秘めている。一方、低投入持続型酪農経営の存立条件は、土−草(飼料)−牛の循環を大切にすることであり、購入飼料や金肥をできるだけ減らして所得率を上げること、そして、農業そのものに楽しみを見いだすこととしている。この低投入型酪農の一つのあり方として、北海道では、マイペース酪農と呼ばれる経営の規模と技術を転換し、コストを下げて収益性をあげる方法が注目を浴びている。これは北海道根釧地方でマイペース酪農交流会という名称で毎月例会を開いているグループの実績から広まったものである。この会は中標津町の三友盛行氏の91年の講演を契機にできたものである。三友氏は、その当時には、すでに牧場の規模を縮小していたが極めて高い所得を上げていた。農協の理事を務め他の農家の財務状況を見る機会が多かった氏は、多頭化が生活が楽になることとは一致しないと考えるようになり、10年ほどかけて徐々に頭数を縮小していた。そしてこの間に収入は大きな変化はないが、経営費を大きく減少させ、所得率を60%へと上昇、借入金も減少させた。この交流会の農家と一般農家の経済収支などについて比較してみると、交流会グループは他農家と比べて頭数、出荷乳量等は小規模であるが、出荷乳量1kg当たりの飼料費は約2円、経営費は約7円低く、所得率は10%ほど高いという極めて高い収益を上げていた。交流会開始前と比較すると近隣農家は頭数・個体乳量・出荷乳量に伴って所持を増大したが、このグループは逆に頭数・個体乳量・出荷乳量を減少させて所得を増大した。つまり生産の縮小に伴って収益性を高めたことになっていた。このグループのある農家は頭数の減少、放牧期間・時間の延長、放牧面積の増加、粗飼料の飽食、濃厚飼料の減少、敷料の増加、堆肥の製造などにより、作業時間を短縮し、生産乳量は減少したが経費がそれ以上に減少させて所得の増加を達成している。このような低投入農業に対しては、この方式は生産縮小であるから、すべての農家がこれを始めたらどうなるか、肥料を入れないであるいはふん尿だけで牧草を取り続けるとは熱力学の法則に反しているのではないか、技術を低下させる農業がいいのかなどといった批判もあることは事実である。そのような議論はさておき、この低投入型農業から出発して農業を経済的価値でしか捕らえられていなかった評価軸に、エネルギーと環境負荷を加えることを干場(1995)は提案し、さらにこれに社会性と農家の幸福感も評価軸に加えるべきとしている。この評価法を定量的に行うにはまだまだ議論の余地はあるように思えるが、農業を単なる経済活動として捕らえるのではなく、農業を通しての生き方も含めて農業・農家の評価を多面的に行うのが一つの方向になるように思える。

農業の持つ多機能評価
 農業の持つ多面的な機能はいくらの価値を持つかという議論が盛んになってきた。これは国内的には平成11〜12年度を目途として新しい農業基本法が制定されようとしているが、これに係わる農政の重要テーマとして、農業の有する多面的な機能の位置づけ、農業経営の安定確保のための農業者に対する直接的な財政支出、農村地域の維持発展のための直接農家所得保証などが提起された結果である。一方農業を取り巻く国際環境も変化してきており、ガット農業合意により、農業生産に直接関連しない所得支持(デカップリング)は保護削減の対象外となり、国際的には価格維持的な政策から農村社会・農家生活の維持的な政策に転換することが合意されたわけである。また都市住民の農業・農村のもつ安全食料の供給機能、環境保全機能に対する理解、さらにそれらの維持・増進を期待する声も強まってきている。
 これらを背景にして農業の持つ多面的機能の研究がなされるようになってきた。農業・農村の栄たす役割として、農林水産物などの供給、生活・就業の場の提供、国土の保全、水資源の涵養、自然環境の保全・形成(自然景観、気象緩和、大気浄化、野生動物の保護)、自然・文化資源の提供(自然学習、レクリェーション、農村景観、文化)などが上げられ、水田が持つ公益的機能としても、洪水防止機能、水資源涵養機能、土壌侵食・土壌崩壊防止機能、廃棄物処理機能が示されている。昨年野村総合研究所は、環境保全面からみた水田や畑の経済価値は年間4兆1千億円の価値があるという分析結果を発表している。これはCVM(仮想状況評価法)によって、市民へのアンケート調査に基づき価値を算出したものであり、水田、畑に加え牧草地、植林地など農業・農村の持つ環境保全の機能を維持するために税金からいくら支払っても良いかを全国約2千の世帯から回答を得てまとめたものである。これによれば一世帯当りの支出容認年額は約10万1千円で、全国世帯数をかけると年間4兆円になり、米の年間産出額を若干上回る価値があるとしている。このような評価法が一般的に定着し、環境保全機能を評価し、それに対する直接助成が今後の農業への公的補償になっていくものとみられる。すでに水田等の国土・環境保全機能を評価して農家などに助成している例として市川市や越谷市の遊水機能と地域景観の保全、輪島市の景勝保全の観点からの千枚田の維持・管理あるいは湯布院町や明日香村の伝統的景観の保全などに対する助成がある。
 このように農業に対する評価は、以前のような生産に対する経済性だけでなく、非常に多面的に亙っている。しかしながら今までの農政・農業は、このように多面的機能を持つ農業に対し、食料供給機能だけに集中しすぎたために現在の農業の窮状に陥ったともいえる。われわれ農業工学を学ぶものにとっては、今後はこの多面的機能を工学面より検討し評価する必要があろう。ただ農業の多面的機能に甘えることなく、安全な食料の安定的な低コストでの提供という大命題は常に念頭に置かなければならない。


農業施設学会