佐賀大農学部・農業施設学会理事・研究推進委員長
農業施設に掲載されている学兄諸氏の論説等を読ませていただいた。いずれもしっかりした視点で、農業問題をとらえ、的確な表現で我々の考えなければならない課題や、農業に対する哲学を解説しておられ、改めてここに披露するような自分をもっていないことを恥じ入る次第である。
しかし、私を含めた大方の研究者は研究・教育の現場で、会議や講義の合間をぬって土曜も日曜も黙々と研究しいるのが現実の姿であろう。つまり、あまり研究に没頭する時間もないが、研究以外のことは考える時間はなおさらない。しかし、年を重ねてくると、こういうところに原稿を依頼される機会も多くなる。改めて世間に目を向け、勉強し、恥を忍んで私見を披露する義務もあるのだろう。
古くなってきた我が身の役立つところは、世話役か?
現在、佐賀県内の若手農家と大手企業の支店長クラス、県内企業の社長などを集めて各月ごとにフロンティアセミナーというものをコーディネートしている。2年目の今年も、農業者が20名、その内有限会社にしている農家が2名採卵鶏(地鶏、雇用7名、通販が4割)とコネギ(家族4名と雇用15名)、他も家族経営ではあるが、雇用の仕方、休みの取り方等工夫して将来に夢を持っている農業者である。果樹専業(ナシ200a)、米麦専業(米1220a、麦1150a、独自の肥料作りにより有機、無農薬栽培で市場価格の倍に近い価格で直販)、有明海に面する干拓平野では水稲とスイトピー・トルコキキョー、水稲・タマネギ・肥育牛、標高400mの中山間地で水稲と肥育牛(160頭、家族労働3人)、山の麓近くで水稲とミカン、水稲と茶、米麦とイチゴ、水稲とトマト(ロックウール)、水稲と肉用牛(1000頭)。品種にこだわる花栽培などは常にヨーロッパの企業と連絡を取っており、それぞれが肥料作り、土作りから自前で工夫して農業を営んでいる。
雇用労働不足には悩みながらも農家が生き生きして問題点を主張、希望を語る。一方、企業からは18社、全日空支店長、流通業界西友のストアマネージャー、食品メーカ味の素、協同組合、種苗工場、園芸資材、機械、電気、建設、窯業、九州電力、情報NTT等から参加していただき、経営のノウハウや消費者動向などについて大いに議論する。これだけの人数に一人数分間の意見を述べてもらうだけで、1時間2時間はあっという間にすぎる。さらに集約は大変。会の持ち方は、まず流通関係が勉強したいとすればその筋の企画力があり、実績を示している企業の担当者に基調講義をお願いし、これについて質疑応答形式で話し合うスタイルをとる。問題点が出て、解決案が見出せれば、関係ある企業と農家が要求を満たすための装置を試作をするなどいくつかは、成果を見たが、やはり資金などの潤滑油が必要であることを痛感する。農業関係の研究も視点を変えて
農家と企業の集まりの中でも、良く分析してみると消費者の考えをいかに取りこみ、そのことを消費者に訴え販売を伸ばしていくかという重要なポイントが浮かび上がる。今までは、効率よく、良い品質の農産物を生産するには、市場の信頼を得るための量、品質、形態をどうするかなど仲買、流通業界のための対策さえ考えていれば良かった。しかし今、参加者は一様に消費者の意見を十分反映できるシステムを考えていかねば生産者としても立ち行かなくなる時代に来ていると考えている。
翻って、農業分野に少なからず研究テーマをいただいている私たち研究者はもとより関連学界でさえ、消費者を意識した視点をどのように取り入れていくかを考える時期に来ていると感じる。農林省も、農業生産者の立場に立つのではなく(本当は国民全体の立場で行われているのだが)、もっとわかりやすく消費者サイドに立った視点で農政を考え、主張して、国民の意識を生産地に向けさせ、国民合意の基で生産地にパワーをあたえて生産者を誘導していかねばならない。
食品流通で言えば、米、野菜、果物等あらゆる食品に対して消費者の目で見た鮮度・品質保証とか、栄養や含有ビタミン、ミネラルなどの諸機能を保証できる仕組みを作り上げることが、消費者のみならず、農業生産者の努力にも報いることになる。今盛んに言われている無農薬、有機栽培を目指して生産している農家の製品と、そうでない製品との区別、あるいは遺伝子組み替え農産物とそうでないものの区別は消費者にはもちろん専門家でさえ識別できない。消費者に選択の自由はないのである。ラベルに書いてあることを信用する以外にない。これらを瞬時に判別できる技術を実用化して、もっと消費者の選択権を強くし、選択範囲も広くして行くことが必要である。それには信頼性回復に向けての流通システムの機構的な面の改革と、品質管理、評価法の開発など技術的な面からの2方向からのアプローチが必要である。このあたりに新たな研究分野が出てくることを期待したい。農産物の生産地を判定する技術の開発もその一つ
市民オンブズマンという組織を最近よく見聞きする。詳しい組織や機構はしらないが、今や頼りにならない監査組織に代わって市民の力で地方自治体の不正を正していこうという意気込みで頼もしい限りである。
農産物や食品の安全性や特性、品質、栄養価、管理状態などを一般消費者も簡単に診ることができる測定器や技術があれば、簡単に農産物市場流通界の監視システムが機能してくる。農産物の生産地や品質まで評価でき、安全性が確認できる食品となれば、それ相応の価格で消費者も購入してくれる。技術的面からのアプローチとは、一つにこの判別技術と測定器の開発があろう。
私の研究室でも近赤外分光分析技術を応用した研究をしているが、その中で佐賀県内の大麦の生産地判別を行ったのを初め、県内米の産地判別も行いこれらがほぼ100%可能であることが分かった。つまり、生産地の特定は農産物から可能であるということである。さらに、同じ生産地内の米であれば、品種の判別もほぼ100%の確率で可能であった。
インターネットを介してみると、農水省も目的は効率的な新品種の育種にあるとおもうが、一粒単位で米の品質、特性、品種を判別する技術の開発、穀粒の産地表示の適否を確認できる技術開発、荷受けや販売現場で品種判別をするための基盤技術等の開発に平成11年度を目処に取り組んでいる。そういう関連もあって、私の研究内容と成果の紹介を2時間のセミナーとして農水省の技術会議の会議室でご披露する機会をもっていただいた。私の研究題材は身近なところで見つけ、その解決策を得るための研究テーマから取っているので、学会の中の流行テーマには疎い。しかし、社会的要求からはそれほど的外れではないことを再確認できた様な気がする。国民全体を巻き込んだ農業を考えていきたい
農業の評価について松田氏は本誌の28巻1号で論じている。収奪型農業から環境重視の循環型農業への例を引き合いに出しながら農業経営の一方向性を示している。さらに、農業のもつ多機能性を評価するように、そのような研究をしていくことを主張している。私も同感である。これらに対する評価技術も、一般消費者、国民が理解を示すようにわかりやすい形で、学問的裏付けをとりながら開発して行かねばならない。
京都で開催された気候変動枠組み条約第3回締約国際会議(温暖化防止会議)も議定書を採択して閉幕した。その効果がどれほどのものかは分からないが、とにかくもCO2削減へ向けて、人々が日常生活におけるエネルギー問題や、これに係わる地球環境を考えていく出発点に立ったという感じである。
我々が生活し、人類が生きていく上での重要課題であれば、研究者も社会動向に目を向けあるいは迎合したと思われるテーマにも取り組んでいく義務があると考えている。幸いにも、京都会議を一つの契機にしてエネルギー浪費型から省資源、省エネルギー型へとの考え方は社会全体の流れになりそうである。過去に体験した石油ショックを契機に本学会が力を入れてきた園芸、畜産施設への暖冷房エネルギー削減等に関する省エネルギー型施設や代替エネルギの研究はこの傾向にマッチするものである。その方向性は正しく、省エネルギー型施設農業のあり方をよりいっそう追求していく責務が本学会に課せられていると考えている。先端技術駆使の持続型日本農業へ
米国では、人工衛星を利用して、広大な農場の細部の生育状況や、穀物の水分をチェックしながらパラボラアンテナをつけた大型コンバインで収穫作業をしている。遺伝子組み替えにより強力な除草剤に耐性を持つ大豆や特殊な害虫に強いトウモロコシが急速に普及している。生産性や効率において、大規模農業は極限に近い状態まで進歩している。しかし、カントリーエレベータでの出荷までの調整では品種はごちゃ混ぜで選別意識はないそうだ。遺伝子組み替え食品を拒否したい消費者に選択権はないということになる。
日本の農業経営は、欧米に比べて小規模である。そのため、労働集約型となり、機械化もあらゆる分野で非常に細かい芸術的ともいえる領域まで来ている。しかし、その機械の年間稼働時間は短く、機械利用効率は低い。収穫作業一つとっても、衛星で籾や麦の水分チェックより、日本独特の気象の正確な予測が作業計画を左右する。大型農業に対抗するには、栽培中の作物の健康状態をよりきめ細かくチェックし、無駄な肥料、薬剤散布をなくするための日本独特のリモートセンシング技術を取り込んだ栽培管理技術等環境維持型農業技術を開発して、安心と信頼のおける農業にもって行かねばならない。