農業施設30巻4号
2000.3,323〜324
巻頭言:

農業施設について考える

園部和彦

全国農業協同組合連合会施設住宅部

 この度、はからずも農業施設学会の副会長に就任いたしました。もとより浅学非才ではありますが、できるかぎり前川会長を側面より盛り立てていきたいと考えていますのでよろしくお願いします。

 周知のように今農業はあらゆる面で曲がり角にきております。平成8年度の農業総生産額は6兆6,550億円と国内総生産額の1.3%を占めるにすぎません。これは、昭和55年当時の額とくらべて大差は無く、国内総生産はその間約倍になっているため、相対的に農業の地位は半減していると見ることができます。また、農業就業人口は総就業人口の4.9%と昭和55年当時から約半減しています。生産額に大きな差は無いことから農業生産における効率は上がっていることになりますが、生産額は全体の1.3%であることを考慮するならば、一部の人が唱える“日本の農業は非効率だ”という主張にも一理あるかに見えます。
 日本はバブルの後遺症で長らく不況下にありますが、このところ一般製造業の相変わらずの低迷ぶりを尻目に情報技術(IT)関連産業が活況を呈してきており、IT関連産業が株価をリードしていると言われます。工場も従来の観念でいうところのこれといった資産もないIT関連企業が日本を代表する製造業を株の時価総額で上回るといった現象も珍しくなくなっています。最近開催されたインターネットによる電子商取引の展示会では各社パソコン数台と机のみといった簡素な出展ですが、そこには膨大な情報技術が詰まっていて、あらゆる取引、サービスがインターネット化(もちろん、農産物の取引も入っています)された感があり、まさしく21世紀はジャパン・ドット・コム時代が到来するかの盛り上がりを見せておりました。
 このように、時代が大きく変革し、人々の価値観も大きく変わる時代にあって、一般産業にくらべはるかに効率の面で劣るといわれる農業の進むべき道は本当に厳しいものがあると言えます。効率的な農業生産の旗頭として注目されてきた遺伝子組替え農産物が人体への安全性等から消費者にそっぽを向かれたことから、その開発に大きなブレーキが掛かることも懸念されます。
 昨年、農業新基本法が制定されたことを契機として食料の自給率向上が大きな命題として浮上してきました。増産の目標となる主要穀物は小麦と大豆ですが、これらの平成9年度における自給率は小麦で9%、大豆で3%にすぎません。この2品目について言えば、今までも何度か増産が試みられたことがありましたが、数年で立ち消えになった例が多いようです。理由として手間の割りに価格が安い、大豆などでは機械化が進んでいないといったことが挙げられます。そのため、保護政策が希薄になると元に戻ってしまう例が多かったようです。今回は大豆の乾燥調製の施設化が目玉となっていますが、定着はどうでしょうか。
 世間の目からは必ずしも評価されていないかもしれませんが、農業生産の効率化は、全体で見るときわめて緩慢ながら着実に進んでいると考えています。この中にあって農業施設の果たす役割は大きいものがありますが、最近の大型高性能施設はコストの割には効果が少ないと批判する人もおります。このような意見に対し関係者として真摯に受け止めなければならない面も多々あると思いますが、あえて弁護させてもらうとすれば、自然を相手にする農業における効率・効果の尺度を工業分野のそれとは違った視点で評価する必要があるということと、もう少し長い目で見る必要があるということです。世の中グローバルスタンダードが巾をきかしている時代にあって、農業、農産物は違うと主張することはわがままな事として写ることは重々承知しております。
 農業施設は生産、加工、流通の各面でその役割を果たしていますが、最近の施設は自動化が進み一般に高額であるため、その低コスト化が強く求められています。持に、これからは補助事業の実施に当って費用対効果の指標が採択要件の一つになっております。つまり共乾施設であれば、導入した施設の建設費と運営経費の合計が導入以前の費用等(個人用乾燥機、労働費等)より原則として小さいことが求められます。共乾施設の場合には、農家が個人用乾燥機を所有している例が多いため、それに置き換わる共乾施設を導入した場合、費用の削減効果を算出しやすいのですが、共選施設、予冷施設あるいは堆肥施設などは置き換わるべき個人の機械設備あるいは施設の種類によっては作業そのものがほとんだ無いため導入効果を創出することはきわめて困難です。
 しかし、施設導入効果についてコストを中心とした経済原則でのみ捉えるのは必ずしも正しくないのではないかと考えています。施設の大きな機能として生産・流通コストの低減があることについては異論はありませんが、もっと大きい機能として地域農業生産の拠点としての役割、さらには生産農家個々にゆとりを持たせる役割があると思います。もちろん、ゆとりの中には経営規模を拡大させたり、肥培管理を徹底して高品質な農産物を作ることも含まれます。
 私には何年か前に四国のある農協組合長が言った言葉が非常に印象深く残っております。丁度なすの選別施設が導入されて視察に行った時ですが、その組合長は施設を導入するきっかけとなったのは子供の作文だったと言うのです。作文の主旨は子供がなすになりたいというものですが、その理由は母親と一緒にいられるからなのです。多分、その家ではハウスでなすを収穫したあとそのハウスの中で母親が選別調製、箱詰等の作業を夜遅くまでやっているため、子供はシーズン中毎日一人で食事をとり、寝るのも一人で寝ていたものと思われます。
 選別施設が導入されたことにより、母親は夕刻には子供のところに帰れることになり、一家に団欒が戻ったのだと思われます。当初、選別施設の利用料を取られることを嫌い、自分で選別調製を行っていた農家も施設利用農家が一家団欒できる様子を見て、自分も施設を利用させてくれるよう頼みに来るようになったという話も付け加えられました。この話には施設の役割あるいはその効果について大いに考えさせられるものがあります。施設の効果を経済的側面でのみ見るならば、施設導入により節減される農家の選別調製作業等の労働費だけでは運営費も含めた建設コストを賄いきれないことが予想されます。しかし、先程の話はそれだけで施設の導入効果を云々すべきでは無いということを如実に物語っているのではないでしょうか。
 話は変わりますが、現在、私は選果施設メーカーの協力を得ながら選果施設の標準仕様づくりに励んでおります。何をいまさらと思う向きもあるでしょうが、実際問題として今までこういったものは何も無かったのです。選果施設の統一的仕様を設定することを難しくしていた要因としては、対象品目が多岐にわたることや選別に関する技術が日進月歩であり、現地における設備仕様が逐次変化していること等が挙げられます。カントリーエレベーターでは農水省が示している標準仕様が以前からあり、日本中どこでもこれに基づき基本設計が作成されますが、選実施設ではこれが無いため、作物毎、地域毎あるいはメーカー毎にばらばらな基準で設計される状況にあります。したがって、同じ品目で1日の処理量が同じ施設でも、稼動時間、稼働率、ロス率等が各自ばらばらなため、極端な差は無いにしても違った規模の施設ができあがることになるといった問題がありました。
 今回検討中の選果施設標準仕様作成の目的は、このような問題を解消するとともに関係者の知恵を結集して最も合理的な施設設計を行うためのガイドラインとして活用することです。当面は数品目でスタートしていますが、ゆくゆくは品目の巾を広げたいと考えております。そこで農業施設学会に提言というよりお額いしたいのは、より現場に即した研究にも目を向けて欲しいということです。学会の論文は(やむえないとは思いますが)実験室内の研究が主体で数値解析になじむテーマが多いようです。もちろん、この事を否定するものではありませんし、当然とは思いますが、それでも現場そのものを研究テーマにした論文は少なすぎるように思われます。農業施設は一般の工場とは異なり、作業を機械に置きかえられない部分が非常に多く(やっても採算に合わない)、施設の機能を発揮できるか否かは適正な要員配置ができているかどうかにかかっています。持に選栄施設はその典型的な例であります。
 選果施設の標準仕様を検討するに当り、一番ネックになっているのは機械設備能力と人でこなす部分のバランスをどうとるかということです。しかしながら、こういった面での研究はきわめて少ないのが現状です。今のはほんの一例ですが、他の方面でも似たようなことが多々あります。申しあげたいのは、研究者の方が基礎的研究に力を入れるのは仕方が無いとしても、もう少し応用技術の面の研究(必ずしも論文である必要はありません)にも取組んで欲しいということです。
 農業施設学会が名実(基礎面でも、応用面でも)ともに幅広い分野で発展することを願ってやみません。




農業施設学会