農業施設29巻1号
1998.6,32
セミナー講演要旨

腸内フローラと安全な食

東京大学大学院農学生命科学研究料 伊藤書久治

1.はじめに
 食品や原材料の地球規模の移動により国際間のトラブルも多く、植物では化学物質、農薬の、動物では抗生物質、ホルモン剤の残留、添加物の問題、さらに遺伝子組み替え作物や飼料添加物の安全性のような新たな問題と、食品の安全に関わる話題はことかかない。また、国内では1996年に腸管出血性大腸菌O157:H7の集団食中毒の発生やクリプトスポリジウムの上水道汚染による集団感染、さらにニワトリのサルモネラ汚染による食中毒と食品の安全について新たな視点で取り組まなければならなくなった。"From farm to table"といった総合的な食品衛生の概念も浸透しており、HACCPの導入など新たな方向に向かっている。一方、食の安全は"after ingestion"つまり腸内へ入ってからも考えなければならないポイントが多い。現在では各種栄養素の不足による疾病は我が国では少なく、むしろ飽食による成人病の問題が大きい。ガン、脳卒中、心臓病といった死亡率の上位を占める疾病も食事との関係が強く、腸内フローラを介しての生体への影響が大きい。
 本講演では「安全な食」と腸内フローラについてお話しする。

2.食の流れと危険因子
 食品は原材料から加工・流通・食卓を通して陽内に入るまでにさまぎまの健康に障害を与える因子が含まれる。陽内フローラが関与する部分は一つに原材料である動物の陽内での病原体のコントロール、ウシの大腸菌O150:H7、キャンピロバクター、ニワトリのサルモネラなどがその対象となる。二つには食品が最終段階でヒトの陽内に取り込まれ、ヒトの陽内フローラにより種々の修飾を受けることが上げられる。

3.腸内フローラとは
 ヒトや動物の腸内に生息する細菌の集団で、薗数にして糞便1gあたリ100憶〜1000憶個、糞便体積の1/3〜1/2を占める。そのほとんどが嫌気性菌で特に絶対嫌気性菌(Extremery oxgen sensitive anaerobes)で構成され、分類の方法により異なるが100種〜400種程度の菌が生存する複雑な菌のかたまりである。
 ヒトでも動物でも生まれたばかりの腸内は無菌状態である。すぐに大腸菌、腸球菌などの好気性菌が、ついで乳酸性生菌が定着する。しだいに嫌気性菌が定着し離乳後"正常細菌叢(normal flora)"を形成する。腸内フローラは動物の種類、消化管の部位により一定した構成を維持し健康な成熟動物ではきわめて安定している。

4.腸内フローラと生体
 腸内フローラは生体にとって有益にも有害にも働く。有益な点で現在注目されているのが外来病原菌の排除能と免疫賦活作用である。有害な点としては、食品としては、食品として摂取された栄養素を代謝して腸内腐敗産物、細菌性毒素、発癌物質などを生成し腸管に障害を与えたり長期間腸内から吸収されて各臓器に障害を与えて成人病の素因となる。また、生理的、物理的ストレスにより腸内フローラのバランスがくずれて正常時に腸内で低い菌数で維持されている菌が異常増殖して胃腸障害や日和見感染を起こす。

5.腸内フローラと発癌
 食事成分が腸内フローラによりいろいろな修飾を受けて発癌の原因となることがある。特に大腸癌は90%以上が食物が原因と考えられている。疫学調査や動物実験の結果から、脂肪摂取量と大腸癌の発生は正の相関があり、食物繊維の摂取量と負の相関がある。動物性脂肪の摂取は胆汁酸の分泌を促進して腸内フローラにより発癌プロモーターである二次胆汁酸に変換される。また食品中の脂質から腸内フローラはPKC活性物質をつくり大腸癌を促進する。さらにタンパク質は陽内フローラの代謝によりトリプトファン代謝物、フェノール、アミン、ニトロソ化合物などが生成され、発癌促進に働く。腸内菌の生産するβ-デルタロニーデースやβ-グルコシデースなどの発癌関連酵素は食品や化学物質に作用し発癌物質を生成することも知られている。

6.腸内フローラと病原菌の腸内定着
 正常な腸内フローラは外来菌に対して桔抗作用によりこれを排除する能力がある。あらゆる手段をこうじてもすべての食品から完全に病原菌をフリーにすることは困雉な点も多い。病原大暢菌O157:H7のように胃での酸によるバリヤーを通過した場合でも安定した腸内フローラは外来菌と栄養素や発育する場の競合により外来菌の腸内安定を阻止する。大腸菌O157:H7の集団発生でも小児と老人に患者が多かったことも陽内フローラが変動しやすい年齢であったことに関係すると考えられる。

7.腸内フローラの利用
 腸内フローラは、単に食品としての安全性ばかりでなく実際に陽内に入った食品の安全性を考えるうえで欠かすことができないものである。この腸内フローラの有益な点を引き出し、有害な点を抑制していくことが、「食の安全」にとって重要な点となる。


農業施設学会